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人工知能は人間を超えるか―現代人の必携書

  人工知能(Artificial Intelligence:以下AI)は、1956年に誕生した。そこから現在までに3度のAIブームがあったと言われている。1度目は1960年代、2度目は1980年代、そして今、僕らは3度目のブームの真っただ中にいる。このブームは今までで最も長く続いているし、今後も続くだろう。いまやAIという言葉を目にしない日があるかというほど、世の中にはAIという言葉が氾濫している。AIは時として希望の言葉であり、時として悪魔の代名詞であったりする。つまり、AIについて、正確に理解できている人間はごくわずかというわけだ。

 

 そんな現状にあって、AIを正確に理解できている人間の一人が、松尾豊である。本書はAIの過去、現在、未来について記された大変興味深い書物である。著者のスタンスもよい。

 

 上限値と期待値とを分けて理解してほしいのである。宝くじを買っただけで、1等が当たる気になってしまうのは、人間であればしかたない。でも、1等が当たることは、実際にはめったにない。
 人工知能は、急速に発展するかもしれないが、そうならないかもしれない。少なくとも、いまの人工知能は、実力より期待感の方がはるかに大きくなっている。
 読者のみなさんには、それを正しく理解してもらいたい。その上で、人工知能の未来に賭けてほしいのだ。人工知能技術の発展を応援してほしい。現在の人工知能は、この「大きな飛躍の可能性」に賭けてもいいような段階だ。買う価値のある宝くじだと思う。

 

 AI研究の第1人者のリアルな本音がここには吐露されていると思う。僕らは技術について語るとき、上限値と期待値をしばしば混同して議論してしまうが、そこを明確に区別しない限り、その議論が正鵠を射ることはない。今現在、AIに何ができて何ができないか、そのことをきちんと理解しておかないと、議論は空想の域を決して出ないであろう。日々の報道に混じる「すでに実現したこと」、「もうすぐ実現しそうなこと」、「実現しそうもないこと」を僕らは選り分けねばならない。

 

 本書はAIについて、実に冷静な視点から、虚実をしっかりと判別し、的確な解説を行った良書である。もちろん、著者は専門がAIなのだから、AIに期待していないはずがない。ともすれば、研究者は、自分の研究の面白いところだけを抽出し、研究のポジティブな側面ばかりを強調して語るような、自己満足的語りに陥ってしまいがちであるが、本書ではそのようなことはない。正の側面と負の側面がきっちりと書かれている。著者の立場が徹底的にフェアなのである。だが、行間からはAIに対する著者の熱い思いがにじみ出ている。良いところも悪いところもすべて明かして見せて、それでも、どうかAIに期待して欲しいという著者の「AI・愛」が伝わってくるのだ。

 

 AIに関して、歴史に始まり、原理についても、さらにはそれがビジネスに与える影響まで、詳しく書かれている。現代人の必携書とは、まさに本書のことである。今話題のディープラーニングについては、特に紙面を割いて解説がなされており、著者の期待感が伝わってくるようだ。

 

 ところで、卑近な例だが、最近次のようなニュースを見かけた。読んだことのある方もおられるだろう。

 

 

 画像診断は、いままさにAIによって影響を受けつつある分野である。病理医を主人公にした漫画&ドラマ『フラジャイル』の普及で、病理医不足についてある程度認知されてはきているものの、現実問題として、病理医不足が解消されるのはまだ先のことである。そこで、AIを導入しようという動きが出てくることは当然の動きといえよう。病理診断だけでなく、放射線科の行う画像診断などもAIのターゲットとなる分野である。こういう記事を見ると、AIが人にとって代わることの不安ばかりが先走りすることとなるが、そういう負の側面だけを声高に議論するのではなく、まずはAIの恩恵によって、どれだけ社会的な効果があるかという正の側面の評価を慎重に行うことの方がよっぽど重要だと感じる。

 

 もちろん、職業的に影響を受ける分野は少なからずあるだろう。大事なのは、共存であって「人vs AI」ということでは決してないということだ。ただ、AIの台頭は今後の世代の職業選択には大きな影響を与えるだろう。若い世代こそ、早くからAIの知識をもっておかねばならない、と僕は思う。そういう面でも本書は有用である。高校生や大学生にぜひ読んでいただきたい。

 

 ところで、今流行りの「シンギュラリティ」についてはどうだろうか。蛇足だが、一応説明しておくと、「シンギュラリティ」とは技術的特異点とも呼ばれるもので、人工知能が自分の能力を超える人工知能を自ら生み出せるようになる時点のことを言う。もうすぐこのようなことが実現するという予測があるのだ。これについては、実に簡潔な文章が本書に記されている。

 

いまだかつて、人類が新たな生命をつくったことがあるだろうか。仮に生命をつくることができるとして、それが人類よりも優れた知能を持っている必然性がどこにあるのだろうか。

 

きっと、「シンギュラリティ」は遠い。だが、人工知能の可能性は、それとは別の場所にある。そのことが本書を読むと実によくわかる。