安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

心臓の力―知っているようで知らない心臓

 生命はリズムを刻む。リズムを刻むことこそ、生きている証なのかもしれない。例えば、消化管の蠕動運動。調和のとれたリズムで運動が行われるからこそ、僕らは食物やその残渣を口から肛門まで送り届けることができる。例えば、ホルモン分泌。その律動的な分泌によって、僕らの生にリズムが刻まれ、逆説的だが、体内の恒常性が保たれることとなる。例えば、心臓の拍動。生命の誕生から死までの間、その臓器は一定のリズムで全身に血液を送り続ける。僕らの発生にとって最もcriticalな臓器は、脳だと思われがちであるが、心臓の方がよりcriticalである。無脳児というのは有り得ても、無心児というのは有り得ない。心臓が発生しなければ、ヒトはヒトになることさえできないのだ。

 

 心臓に関する研究には、これまでにも相当な人材と才能が費やされてきたし、驚くべき発見がなされてもきた。にもかかわらず、心臓は我々にとって、未知で有り続けているともいえる。『心臓の力』を読むと、そのことを痛感する。ここには、我々が今まで考えもしなかったような発見が記されている。(いつも言っているが)これほど重大な発見を、一般書として読むことのできる国に生まれたことに僕は、いくら感謝しても感謝しきれるものではない。

 

 自律神経というものを読者は知っておられることと思う。それは運動神経や感覚神経といった我々が意識できる神経(こういった神経を体性神経と呼ぶ)と違い、意識することはできない。自律神経は我々の意識にのぼることはない。だが、それは、絶え間なく臓器に働きかけ、呼吸、循環、体温など(いわゆるバイタルサイン)を調節し、体内環境を一定に保つ働きをしている。

 

 自律神経には、交感神経と副交感神経の二種類が存在する。有り体にいえば、交感神経は興奮状態に関係し、副交感神経は安静状態に関係する(正確にはこの限りではないが)といえる。ほとんどの臓器には、この2つの神経が分布していて、臓器のアクセルとブレーキを調節している。心臓ももちろん例外ではなく(当たり前だが、最もアクセルとブレーキの調節が必要な器官だから)、交感神経と副交感神経が分布しているが、これまで謎だったのは、この分布に極端な偏りがあるという事実だった。心臓では交感神経が、副交感神経に比べて圧倒的に多い。つまり、心臓はいつもアクセルをかけられながら動いているということだが、なのに、なぜ心臓は過労死することがないのか。

 

 

 

 柿沼由彦は、その謎の解明者である。彼が解明したのは、心臓に関する驚くべき事実だが、実はそれだけにとどまらない。彼の発見したNNCCS(a non-neuronal cardiac cholinergic system)は、生体全体に対する我々の見方を刷新する(すでに刷新した)驚くべきシステムである。これは、心臓が、副交感神経系に匹敵するほどのアセチルコリン産生臓器であるということを発見したものであり、有史からの心臓についての常識を大きく覆すものであった。

 

 ちなみにアセチルコリンというのは、副交感神経から分泌される神経伝達物質であり、交感神経末端から分泌されるノルアドレナリンという物質に拮抗する働きをもっている。そうして、アクセルがかかり過ぎないように我々の人体は絶妙に調節されている。

 

 心臓に副交感神経が少ないのは、これまでは、心臓においてはアクセルをかけることの方がより重要だからだと思われてきたが、柿沼のこの発見により、そうではないことがわかった。心臓は自らがアセチルコリン産生器官であるために、副交感神経をそれほど必要としなかったのである。実は、神経をもたないような原始的単細胞生物アセチルコリンを産生することが知られている。アセチルコリンは進化の大昔から生命にかかわり続けてきた物質なのであり、その分泌を神経が担うようになったのは、ごく最近のことに過ぎない。だったら別に、心筋細胞がアセチルコリンを分泌するなんて、驚くにあたらないと思われるかもしれないが、推論することと事実を突き止めることの間には、天と地ほどの差があるのだ。特に生命科学においては、どんな大胆な推論だって言おうと思えば幾らでも言える。だが、それが真であると証明するのには、莫大な労力(と資金)、そして何よりもそれを実現する英知が必要となる。柿沼はそれをやってのけたのだ。

 

 驚くのはそれだけではない。柿沼の発見以降、アセチルコリンは心筋細胞以外の細胞も産生・分泌しているという報告が続いている。柿沼の「NNCCS」は、今ではさらにそれを包括する概念である「NNA(a non-neuronal ACh)」として、世界中で研究が進められるようになっている。

 

 「副」交感神経という、微妙なネーミングのせいで、これまでそれほどスポットライトが当ててこられなかったアセチルコリンは、今や、主役の座に躍り出たといっても過言ではない。このことは、生体においては、アクセルよりもブレーキをかけることの方が、より重要だということを意味してはいないだろうか。

 

 アクセルよりブレーキをという考え方は、心臓の分野では特に顕著で、その昔、心不全治療と言えば、心臓を無理やり働かせる「強心薬」による治療が主流であったが、現在では、逆に心臓のはたらきを抑える「β遮断薬」による治療が主流である。心臓のポンプ機能が弱まっているなら、人工的に強めてやろう、というのはごく自然な考えである。だから、昔は「強心薬」でがんがん心臓を動かした。それが正しいとみんな信じていた時代があった。ところが、臨床研究の結果は、その考えが誤りであることを証明した。「強心薬」は、心不全患者の予後を延ばすどころか、縮めるという結果となったのである。さらに、びっくりしたのは、むしろ心臓の働きを抑えてやった方が、予後が改善することがわかったことだ。その後、心不全治療はそれまでとは真逆の方向へ進んでいった。そして、現代はまさに「β遮断薬」全盛期の時代である。だが、これは柿沼のNNCCSとは全く関係ない。

 

 今後はさらに、アセチルコリンに焦点をあてた治療方法が確立されていくだろう。柿沼らは、新しい治療法の可能性をすでに提唱しているので、ぜひ本書を読んでいただき、その斬新な治療法の端緒の目撃者となっていただきたい。

 

 僕は、心臓が好きなので、今日はいささか長い記事になってしまった。が、最後にもうひとつ。つい最近、『Cell』という、トップジャーナル(山中伸弥のiPS細胞が発表されたのもこの雑誌だ)に、心臓には心臓に特有のマクロファージ(免疫細胞の一種)がいて、それが実は心臓のリズムを調節しているという論文が発表された。今度は免疫かよ! と僕の胸は高鳴っている。 

http://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(17)30412-9

 

  心臓の新しい世紀が始まってきた予感がする。

 

 以前、皮膚についても記事を書いたので、よかったら読んでみてください。