安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

ぼぎわんが、来る―こんなの来たらぜったい嫌

それが来たら、絶対に答えたり、入れたらあかんて――

 

f:id:cannakamui:20171101230234p:plain

【あらすじ】
幸せな新婚生活を営んでいた田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。取り次いだ後輩の伝言に戦慄する。それは生誕を目前にした娘・知紗の名前であった。正体不明の噛み傷を負った後輩は、入院先で憔悴してゆく。その後も秀樹の周囲に不審な電話やメールが届く。一連の怪異は、亡き祖父が恐れていた“ぼぎわん"という化け物の仕業なのだろうか? 愛する家族を守るため秀樹は伝手をたどり、比嘉真琴という女性霊媒師に出会う。真琴は田原家に通いはじめるが、迫り来る存在が極めて凶暴なものだと知る。はたして“ぼぎわん"の魔の手から、逃れることはできるのか……。怪談・都市伝説・民俗学――さまざまな要素を孕んだノンストップ・ホラー!
最終選考委員のみならず、予備選考委員もふくむすべての選考員が賞賛した第22回日本ホラー小説大賞〈大賞〉受賞作。

 

 日本ホラー小説大賞は、なかなか大賞受賞を出さない。これまで24回公募が行われているが、その半数程度でしか大賞受賞作が出ていないのだ。審査員たちが本気で評価を行なっていることが窺える賞である。大賞受賞作は、小説化のみならず、映像化される可能性も高いということで、勢い選考委員たちも気合が入ることとなるのであろう。大賞のひとつ下は優秀賞であるが、これがすでにクオリティがとても高いので、それを上回る大賞作品というのは、それはもう、とても素人が応募してきたとは思えないほどの完成度を誇っている。

 

 本書『ぼぎわんが、来る』は、第22回ホラー小説大賞の大賞受賞作である。この後、大賞作はまだ出ていない。ホラー小説をあまり読まない読者は、ホラー小説というジャンルに対して、偏見を持っていることが多い。B級ホラー映画のような話が、文章化されたものとしか思っていない人すらいる。グロテスクでスプラッターな描写が延々と続くという誤解もある。こういった感想は単なる食わず嫌いによるものであって、現代ホラーは全くそういうものではないということを知ってもらいたい。

 

 本作は、ぼぎわんという怪物を巡る物語なのだが、そんじょそこらのホラー小説ではない。誇大な宣伝ではなく、本当に、恐ろしいほどよくできた小説なのだ。こんなによく書けていることのほうが、ホラー小説よりもよっぽどホラーではないか、と思うほどである。歴代の大賞作に引けをとらないどころか、それらを凌駕しており、大賞の中の大賞といってもいい作品だ。ホラー小説と呼んでしまうことに、かなりの違和感をすら感じてしまう。

 

 

文句なしに面白いホラーエンタテインメントである。(綾辻行人

 大当たりだった。選考をしながら早く先を読みたくてならない作品だった。(貴志祐介

 恐怖を現在進行形で味わうことができます。迷わず大賞に推しました。(宮部みゆき

 

 

こんな大物作家たちが、手放しで褒めている。面白くないわけがないであろう。

 

 本書は「第一章訪問者」、「第二章所有者」、「第三章部外者」の三部構成になっており、章ごとに三人称の視点が変わっていく構成になっている。これが実に素晴らしいアイデアで、それによって読者は、章が変わるごとに、それまでとは全く違った光景を見せられることとなる。感じとしては、芥川龍之介の「藪の中」に似ている。同じ事件について語っているはずでありながら、語り部が変わることによって、光景が全く違うものに変容する。本書は、現代版藪の中ともいえるような小説であり、読者は次々と様変わりする話に、否応なしに引き込まれることとなってしまうだろう。

 

 ホラー小説として読めるのは当たり前である。実にベタな物の怪vs霊能者という話でもある。そういった意味では、実に古典的で、これといったひねりのない設定ではあるのだが、まったく古臭い印象を受けない。
 ミステリーとしても秀逸である。なぜ、ぼぎわんはやって来るのか。これが読者に提示される謎のひとつである。タイトルはそのまま、読者への謎かけになっているのだ。さらに、ぼぎわんという物の怪の出自自体も謎である。その物の怪はどのようにしてこの世に産み落とされることとなったのか、これが二つ目の謎である。読者はこの謎に挑戦してみるのもいいだろう。分からなければページをどんどん捲れば良い。
 ヒューマンドラマとしても読める。登場人物の背景までもが丹念に描かれる。霊能者は単なる能力者ではない。彼らも人間なのだ。本書では、多くの人間が苦悩を抱えている姿が描かれる。彼らの苦悩にはある共通点がある。一見無関係に見える人々が、共通に抱える問題によって、この作品のテーマが浮き彫りにされる。

 

 作者の澤村伊智は、受賞後も定期的に良質な作品を提供し続けている。今後のホラー界を担う恐るべき人材のデビュー作を読まないという選択は決してあってはならない。