安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

フラジャイル

 医療漫画と言えば、『ブラックジャック』、『スーパードクターK』、『ゴッドハンド輝』、『医龍』などこれまでにも数々の名作はあった。これらの主人公はすべて外科医である。ふつう「外科」と単純にいえば「消化器外科」を指す場合が多いが、これらの主人公たちはそのような専門には全くこだわりがないように見える。彼らはみな天才的なジェネラリストであり、いかにも万人受けするような「神の手」の持ち主ばかりだ。医療漫画の定番はやはり手術なのである。

 

 しかし、最近ではどうも風向きが変わってきているようだ。その走りはやはり『ブラックジャックによろしく』だろうか。主人公は研修医である。研修医がスーパーローテートしていく中で出会う医療現場の矛盾に苦悩しつつ、成長していく様子が描かれている。それまでの医療漫画とは、一線を画す切り口が斬新だった。神の手など持っているはずもない。しかし、普通だからこそ抱える悩みや怒りを描くことが可能になる。そのような悩みは心ある研修医なら誰もが遭遇する類のものである。

 

 近年では他にもドラマとしてもかなりの人気を博している産科医が主人公の『コウノドリ』。麻酔科医の仕事とプライベートを描く『麻酔科医ハナ』。放射線技師を主人公にした『ラジエーション・ハウス』などなど今までは積極的に取り上げられることのなかった医療系従事者にスポットを当てた作品が多くなってきている。これらはしかもかなりリアルだ。もちろん漫画であるからには多少の脚色はあるとして、それらを差し引いたとしてもリアルな部分の割合は多く残る。

 

 そしてしんがりは我らが『フラジャイル』である。

 

 

 

病理医という希少な生き物をよくぞ取り上げた、その慧眼たるや恐るべしである。一般人に対する知名度は、高くないどころか低いといって間違いないほどである。ましてや、何をしている医師か(医師免許を持っていることすら知らないかもしれない)答えられる人はわずかだろう。それでも、最近は色んな人の活動によって、少しずつ人口に膾炙しつつある兆しが見えてきた。そのような人たちの活躍については、今後ブログに記すこととしている。

 

 新刊が先ごろ発売されたばかりだが、本当にいい話だった。一言でいえば泣ける。病理医というのは、顕微鏡を見て腫瘍の良悪を判定するのが主な業務のひとつだが、なるほど腫瘍とそんな風な関わり方もあるのか、と目から鱗の思いであった。岸先生、とてつもなくクールな男なんだけれど、どうしてなかなか熱い医者じゃないか!と彼の違った一面が描かれていて今までの話の中でも、特に好きな話のひとつになった。

 

 『フラジャイル』の何がすごいかって、登場人物が一人残らず魅力的だということだ。敵も味方もみんなそう。腹の中で本当は何を考えているかよくわからない奴らがわんさか出てくるが、皆その人なりの正義や信念を持っている。そして、その正義や信念を実現するために、困難などものともしない生き方を貫き通す様が実に丹念に描かれている。巻を進めるごとに、登場人物のこれまでにない一面が描き出され、悪役にも思わず感情移入してしまう瞬間があったりするのが、うまいなあ、と思う。

 

 『フラジャイル』は、病理医を主人公とした漫画だが、病理検査室だけの世界を描いた作品ではない。もっと、広い視野をもち、医療全体にかかわるテーマを扱った名作なのである。病理医不足の問題、製薬会社と医療の癒着、病院経営と医療のバランスの問題などといった多彩なテーマが扱われ、現代医療のキーポイントがかなりのリアリティをもって描かれる。もちろん、病理医って何?と思った人にとっては、うってつけの病理医紹介漫画でもある。どんな観点からでも楽しめるので、読んだことのない方は一読の価値ありの漫画である。

 

 いくら褒めても褒め尽きることがない。病理医ってすごいでしょ、とか、病理医のこともっと知ってとか、そういうのは全くどうでもよくて、ただひとつの作品として素晴らしい。だからぜひ『フラジャイル』を読んで欲しいと思う。