安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

バッタを倒しにアフリカへ―漂流するムシキング

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

 

  各方面で話題になっている本であり,今さら僕が紹介するまでもないかもしれない.しかしそれでも,この本には言及しておかねばならないだろう.ここには研究者のリアルがある.高学歴ワーキングプアの問題が社会問題として取り上げられるようになって久しい.その問題に関する本としては,榎木英介の『博士漂流時代』が嚆矢ではないかと思っている.それに関してはまた別の機会に語るとして,今回は前野ウルド浩太郎である.

 

 

子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるため

 

 

 

 この男,本気である.これほどバッタを愛でる男が単身,バッタ被害の聖地(?)モーリタニアへ乗り込んだ.僕は本書で初めて知ったのだが,モーリタニアではサバクトビバッタが大発生し,農作物に甚大な被害を与えることがあるそうだ.2003年の大発生時には群れの長さは500kmにもなったという.

 漂流博士が,何とか食い扶持を稼ぐために悪戦苦闘する姿をさらけだしているだけの本では決してない.むしろこの本の醍醐味は,研究者がフィールドワークにおいて何を考え,どのように仮説を検証していくかを克明に記してくれているところにある.ひとつの論文を書くために,論文には決して記されることのない努力が,どれほどなされているかの舞台裏が惜しみなく描写されている.

 社会科学とかになるとまた違うのだろうが,自然科学においては,研究はやはりラボが中心である.ラボの環境は安定しており,繁殖は容易で,様々なデータを一挙に得ることができる.再現性や供給の安定化といった観点からいけば,確かにラボに勝る環境などないだろう.しかし,結局のところそれは本物の自然ではない.

 これもこの本で初めて知ったことなのだが,バッタの行動については実はそれほどわかっていないということである.例えば,バッタはなぜケージの天井のところにいることが多いのか.実験室にいる限りは決してわからない自然における生態と密接に関連した謎であり,この疑問に対する答えは本書の中である程度示されているのでそちらを参照されたい.

 無収入博士の生き様をまざまざと見せつけられる良書である.研究者が頭だけを使って生きていると思ったら大間違いだということがわかる.彼らが使っているのはむしろ体であり,ほとんど肉体労働と区別がつかない.しかし,情熱というのはきっと伝わるものなのだなあ,と本書を読むと思えてくる.プレジデントの編集者にしたって,白眉プロジェクトにしたって,前野ウルド浩太郎の情熱に感化されたからこそ,彼に手を差し伸べたわけである.

 情報発信の大切さというのもよくわかった.どんな手段を使ってでも人に伝えることって重要だよなあ、としみじみ感じた.僕もそこら辺はよくよく考えていかなければならない.

 前野ウルド浩太郎には「砂漠のリアルムシキング」というブログもある.これも面白いのでぜひ読んでみてもらいたい.大隈良典との対談は特におすすめである.

 多くの人がこの本を購入し,前野ウルド浩太郎の研究費が潤うことを願う.あと,読めばハリネズミを飼いたくなります.きっと.