安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

独物語-その2

 ブログ上ではジャンル問わずでいろいろな本を読んでいるように見せかけているが(もちろんきちんと読んではいます)、実際には、僕が読む本はほとんどが生命科学にまつわるものである。だがそれは単なる職業上の問題であり、僕がことさら生命科学に拘泥しているわけではない。仕事のために読まねばならない、という程度のものである。生命科学や医学・薬学などについてだけ語るのであれば、いくらでも記事が書けそうな気もするが、あえて自分のフィールドのことは語りすぎないように心がけている、今は。
 本を読む時間がなくて、ブログ更新が滞るような危機に瀕したときは、その禁を破る。今日は禁を破るのだが、ネタがないわけではなくて、一週間に一度くらいは自分語りをしてもいいかなと思ったからだ。

 今日はぜひ観たい番組がある。NHKスペシャル『人体』である。

 

シリーズ 人体 神秘の巨大ネットワーク

 

 人体の勉強はつまらないですよね。意外と人体好きも多いのかもしれないが、僕自身は子どものころは生物分野があまり好きではなかった。呼吸器とか消化器とか泌尿生殖器とか、覚えることが多くて嫌だったのを覚えている。しかも、理論立ってなくて、知的インパクトにも欠けるという印象だった。僕は中高生に教えた経験もあるが、人体に興味を持つ人は少なかったように思う(僕の教え方が下手だったのかもしれないが)。

 それならどうして今そのようなものを生業にしているかというと、いろいろあって難しいのだが、僕は人体について面白いと思えるようになったからというのが、理由のひとつだ。これは僕の個人的見解だが、人体はミクロに捉えてこそ本当の楽しさがわかると思う。もちろん実際にはマクロも楽しいのだが、ミクロに裏付けられた知識を持ったうえで、再び学び返してこそ、マクロの楽しさがわかってくる。

 例えばランゲルハンス島という、すい臓に存在する組織がある。これは高校生ならいまや文系・理系を問わず習う知識だ。だが、実際のすい臓を肉眼的に眺めて見てもそんなものがあることは全くわからない。それはもちろん当たり前で、これは顕微鏡で見て初めてわかることなのだ。HE染色という組織観察にとって、基本的だが無くてはならない染色法がある。HE染色された組織を、顕微鏡を通じて観察すると確かに、まるで島のように他の部分から浮き出て見える場所が存在する。これがランゲルハンス島だ。学生が発見した。現代の技術なら、免疫染色という方法を用いて、さらにそこにどんな細胞が存在するか染め分けることができる。そこには少なくとも4つの細胞があるということがわかっている。A、B、D、PPと名付けられた細胞たちだ。これらはそれぞれ異なったホルモンを分泌する。

 どうだろう? すい臓という肉眼的にはどうということもない臓器に、個性が付与されはしないだろうか。臓器をミクロに見るということは、マクロに見ていては決してわからないことを発見し、個性を付与し、臓器にアイデンティティを与える作業なのである。これを知った上ですい臓をマクロに再び見つめ返してみると、見方が変わってくる。

 今、僕はひょっとするとすごくつまらないことを語っているかもしれない。しかも僕はこれからすい臓のマクロについて語ろうと思っていたし、すい臓の発生についても語ろうかと思っていた。ほら、これだから自分のフィールドの話をするのはやめたほうがいいのだ。酔っぱらってつまらない武勇伝ばかり語るおっさんのモノローグと何ら変わりないではないか。

 でも『人体』は観ましょう。この番組は人体をネットワークという観点から解きほぐすという構成らしい。素晴らしいコンセプトだ。そう、人体は細胞からできているのだが、重要なのは、実は細胞ではない。細胞と細胞の織り成すネットワーク、つまり細胞と細胞の「あいだ」にこそ人体の驚異は存在するのである。これについても語りたいことは一杯あるが、やめておく。独物語はこの辺にしておこう。