安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

電氣人間の虞―monster surprised you!

電氣人間の虞 (光文社文庫)

電氣人間の虞 (光文社文庫)

 

 【あらすじ】
 「電気人間って知ってる?」一部の地域で根強く語られている奇怪な都市伝説。真相に近付くものは次々に死んでいく。語ると現れ、人の思考を読むという電気人間は存在する!? ライターの柵馬朋康(さくまともやす)もまた謎の解明に乗り出すが、複数の仮説を拒絶する怪異は、彼を出口の見えない困惑の迷宮に誘う―。
 ミステリか、ホラーか。ジャンルの枠を軽妙に超越する鮮烈の問題作!

 

 Ironic bomber 詠坂雄二の作品と僕が出会ったのは全くの偶然だった。

 

 年をとってくると、ハズレを引きたくなくなる。だから、飲食店は目新しい店よりも馴染みの慣れ親しんだ店に行くようになるし、旅にしたって初めての場所を開拓し冒険するよりも、幾度となく行った場所を訪問するようになる。ハズレを引きたくなくなったときから、僕らは年をとり始めるのかもしれない。本だってそうだ。いつからか僕はネットの評判を見るようになった。ネタバレサイトは避けるとしても(昨今では丁寧にネタバレしている場合は明示されるようになっている)、ある程度の評判を確認してから本を買うようになった。もちろん忙しくなったために、足繁く本屋に通い、ゆっくりと本を手にとって見る時間が無くなったというのはあるだろう。だが、忙しさにかこつけて、僕はハズレを引くリスクを回避する言い訳を自分自身にしているような気もする。

 

 その日だって、僕は他の本を買う予定だった。けれど、本屋をうろついていたそのとき、買う予定ではなかった一冊の本が僕の目に止まった。それが『遠海事件』であった。これが僕のIronic bomber 詠坂雄二の作品との初めての出会いだった。平積みされていたわけではない。それは書棚に1冊だけそっと置いてあった。別に目立つわけでもない。書店員が親切にも僕に勧めてくれたわけでも、もちろんない。だが、その本は確かに僕を呼んだのだ。
 それから詠坂雄二の作品を読み漁る日々が始まった。

 

 え?だったら『遠海事件』を紹介するんじゃないの? と思われるかもしれない。別にそれでもよかったのだが、今日はあえて『電氣人間の虞』を紹介することとした。なぜかというと、詠坂雄二の作品は何から読み始めても構わないからだ。どれから入っても詠坂雄二はあなたを裏切るだろう。「ああ。これが詠坂か」とあなたがわかったつもりになった途端に、詠坂雄二は読み手を嘲笑うかのように変貌する。ひとつとして同じテイストの本がないのだ。まるでひとつひとつを別々の作家が書いているかのような印象を受ける。詠坂雄二はレッテルを貼られることを極度に避けているようだ。それくらい変幻自在に作品が変化していく。

 

 本書はそのような詠坂作品の中でも、最も物議をかもした本である。あなたはひょっとすると愚弄されたような気分に陥るかもしれない。だが、怒ってはいけない。詠坂雄二は遊んでいるのだ。非常に高度な知的遊びをしたがっているのだ。第23章の最後の1行を読んだ瞬間にあなたは本を壁に向かって投げつけたいという欲求に駆られるだろう。だが、本を投げつけてはいけない。それこそ詠坂雄二の思う壺だ。怒りに打ち震えるのを何とか我慢して最後まで読んで欲しい。そして、最終章の最後の1行を読むのだ。あなたは再び怒りで本書を裂きたくなるかもしれない。そのときはどうぞ裂いてください。だがそれも、詠坂雄二を喜ばせることにしかならない。

 

 何をやったって僕らは詠坂雄二を超えることはできない。正真正銘の怪物なのだ。彼は僕らの反応を見ながら、きっとほくそ笑んでいるだろう。「詠坂雄二を読め!」と言えば彼はもちろん喜ぶに決まっている。「詠坂雄二を読むな!」と言ったところでどうせ喜ぶに決まっている。僕らにできるささやかな抵抗はせめて沈黙だろうか。できるならばやってみるがよい。詠坂雄二の本を読んで、沈黙できる人間などこの世にはいない。僕らに許されているのは、彼について語ることだけなのだ。