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メフィスト賞の軌跡―その3 蘇部健一

六枚のとんかつ 改訂新版 (講談社ノベルス)

六枚のとんかつ 改訂新版 (講談社ノベルス)

 

  京極夏彦森博嗣清涼院流水ときて、蘇部健一の登場である。今思えばすごい顔ぶれだ。これほど多彩な個性が初期に生み出されていたとは。ちなみに、この後、乾くるみ浦賀和宏と続いていくのだから、メフィスト賞恐るべしである。時は1996~1998年であり、世の中が世紀末の色合いを帯びていた時期である。世紀末なんてとんでもない、ミステリは世紀末どころか、まさに新たな始まりを告げていたのだ。

 

 『六枚のとんかつ』は連作短編集である。蘇部以前のメフィスト作家たち(といってもまだ3人しかいなかったが)が、長い話(清涼院流水にいたっては長いどころではない)をじっくりと読ませるタイプであったのと比べて蘇部のは、ひとつひとつの話がとても短くて読みやすい。『コズミック』を読んだ後に、これを読むと心が穏やかになる。登場人物も数えるほどしか出てこないし、万が一、何らかの事情で読書を中断せざるを得なくなったとしても、再び読み返すときに全く困ることはない。読者に優しいミステリ小説である。

 

 本作品には、保険調査員である小野由一(おのよしかず)が遭遇した、保険金にまつわる難事件・怪事件の数々をひとつにまとめたという体裁で15の掌編が収められている。バカミスやらアホミスやら言われているけれども、実にその通り。露骨なまでに馬鹿げた事件と推理の押収に読む者は、苦笑に次ぐ苦笑の連続である。だがしかし、トリックまで馬鹿げているかというとそんなことはなく、妙に納得させられるのが、やはりメフィスト賞受賞作だなあ、と感じる。「えっ、そりゃあないよ」と一瞬思うのだが、よく考えると「いや、やっぱ、ありだわ」となるのである。

 

 僕は、藤原宰太郎の『名探偵に挑戦』などの一連の推理クイズ本が好きで、子どもの頃よく読んでいたが、テイストとしてはそれと似たところがある。思わず童心に戻って謎解きをしたくなるのだ。この読者に寄り添う感じが何ともよいのである。蘇部以前のメフィスト賞作家は、(いい意味で)読者を突き放す感があった。高度なintelligenceで読むものを圧倒する、それがメフィスト賞だ、という感じだったが、蘇部はまったく違う。ミステリ小説って読んで、解くものだよね、という至極当然だが、僕らが忘れかけていたあの素朴な気持ちを思い出させてくれる。

 

 

  短編のいくつかは、往年の名作のオマージュとして書かれたものもあり、蘇部健一自身もかなりのミステリ好きであることが伺える。表題作「六枚のとんかつ」なんかはもろにそうで、禁じ手ともいわれかねない、トリックの模倣している。しかし、原作のトリックが実に見事にアレンジされていて、「おお、なるほど! すごい応用力!」と感心させられた。こういうのは非常に数学的で僕は好きだった。自分の覚えた解法を、一見するとまったく違うように見える問題に応用して、解けたときの喜びと通じるものがある。

 

 どうせ一発屋だろ!と思うなかれ。『六枚のとんかつ』シリーズ以外にも、青い鳥文庫からは今でいうところの日常系ミステリである『ふつうの学校』シリーズ、また同じ講談社ノベルスから『届かぬ想い』といったSF作品を出しており、幅広い書き方のできる器用な作家である。だからだろう、コアなファンも多い。例えば、蘇部健一応援ページでは、全作品が簡潔に紹介されていて、とてもタメになる。ぜひ一読されたい。

 

 バカミスとかアホミスとか、果てはゴミとかさんざん言われもしているが、早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』や柾木政宗『NO推理、NO探偵?』などは確実に蘇部の系譜の延長線上にある作家たちである。蘇部健一の魂は確実に世代を超えて受け継がれている。

 

 ちなみに第2回はこちら。