安楽椅子のモノローグ

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メフィスト賞の軌跡―その4 乾くるみ

Jの神話 (文春文庫)

Jの神話 (文春文庫)

 

【あらすじ】
全寮制の名門女子高「純和福音女学院」を次々と怪事件が襲う。1年生の由紀は塔から墜死し、生徒会長を務める美少女・真里亜は「胎児なき流産」で失血死をとげる。背後に暗躍する謎の男「ジャック」とは何者か?その正体を追う女探偵「黒猫」と新入生の優子にも魔手が迫る。女に潜む“闇”を妖しく描く衝撃作! 

 

 乾くるみといえば、『イニシエーション・ラブ』が代名詞みたいになってしまった感がある。わかりやすさと衝撃度からいくと確かに『イニシエーション・ラブ』は、最高級で、名作ミステリとしての評価はこの先もゆるぎないままだろう。『イニシエーション・ラブ』から乾くるみに入るという人がほとんどかと思う(僕もそうだった)が、それが気に入った方はぜひともデビュー作『Jの神話』を読んでいただきたい。

 

 いかにもメフィスト賞らしい作品である。本作が受賞したおかげで、メフィスト賞はキワモノとしてのレッテルを貼られることとなったという噂も何となく頷ける。前半は確かにミステリとして話は進む。塔からの不可解な墜落死、美少女生徒会長の怪死、探偵の登場という、誰が読んでもミステリの王道な展開だ。だが、第十二章から様相がおかしくなってくるのだ。読者はここでひとまず本を閉じるかもしれない。「よ、よし…。とりあえずコーヒーでも飲んで気分を落ち着けよう」そんな風に思うだろう。無理をする必要はありません。ゆっくりコーヒーを飲みましょう。

 

 しかし、ふざけているわけではないのである(途中、本当にふざけているのではないかと疑ってしまうが)。最後まで読んでみると、まとめ方が実におもしろい。これどこに着地点をもってくるのかなあ、と思っていると、意外な方向で話がまとまっていく。「ああ、これはあれだ。あの小説と似てるなあ」と感じた。しかし、その小説名はふせておこう。恐らく、話がもろバレとなってしまうから。

 

 乾くるみは、最後まで気を抜けない作家だ。それは『イニシエーション・ラブ』が証明している通りである。本作ももちろんそうで、エピローグまでしっかりと読むことが大事だ。すごい着地点!と膝を打つか、非常にむしゃくしゃするかのどちらかであることは疑いえない。僕は、非常によく練られた話だと思うのだが、どのように感じるかは読者各自に委ねるしかない。

 

 トリックではなく、ギミックで読ませるというのが、本作の特徴だ。全寮制女子学校という特殊で淫靡な響きの漂う閉鎖空間、トラウマを抱えた女探偵、処女懐胎キリスト教という深遠なテーマ、そしてJとは一体何者か。読者はただ乾ワールドに身をゆだねるだけでよい。そうすれば、ミステリか伝奇かホラーかSFか、何とも言えない複雑怪奇な世界を存分に旅することができる。もちろん、Jの正体を当ててみるという野心を抱きつつ、本書を読んでみるのもいい。もし、当てることができたとすれば、あなたはとてつもない変態です。とにかく、全部読んでみることだ。『Jの神話』というタイトルが実に洒落ていることがわかる。

 

 くるみというペンネームだし、やたら女子のことばっかり書くし、絶対女性作家だと思うと大間違いで、その正体はおっさんである。この作品をおっさんが書いているということを念頭に置きながら読むと、ますますこの作品が味わい深いものとなる。

 

よく出版できたな、と思う1冊である。本当に。読んだらわかります。そして、とても科学的であるということも。

 

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