安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

メフィスト賞の軌跡ーその12 霧舎巧

面白い、ドッペルゲンガーの館というわけか

 

 「館」と聞けば、ミステリファンなら涎が出るほどの大好物である。僕のような、にわかファンにも心に残る館ものはいくつかある。島田荘二『斜め屋敷の犯罪』、綾辻行人十角館の殺人』、鮎川哲也『リラ荘殺人事件』。古典でいくとヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』などもいい。これらについてもいずれ語ることになるだろう。世に館ものは多くあり、これだけあればもう新しいトリックを思いつくのは不可能ではないかと感じてしまうが、いまだに館ものは色んな作家によって発表され続けている。きっとこういった王道にいかに挑戦するかというのが彼らのチャレンジ精神なのだろう。

 

 霧舎巧のデビュー作『ドッペルゲンガー宮《あかずの扉》研究会流氷館へ』は、タイトルからすぐに察せられる通り、館ものである。

 

【あらすじ】

《開かずの扉》の向こう側に――本格推理の宝物がある北澤大学新入生のぼく=二本松飛翔(かける)は、サークル≪あかずの扉≫研究会に入会した。自称名探偵、特技は解錠などクセ者ぞろいのメンバー6人が、尖塔の屹立(きつりつ)する奇怪な洋館“流氷館”を訪れた時、恐るべき惨劇の幕が開く。閉鎖状況での連続殺人と驚愕の第トリック! 本格推理魂あふれる第12回メフィスト賞受賞作。 

 

 《あかずの扉》研究会という学生サークルにひょんなことから女子高生・氷室 涼香捜索の依頼が舞い込む。涼香の実家は流氷館という巨大な邸宅なのだが、彼女は実家へ帰省したきり学校に姿を現さなくなってしまったというのだ。どうやら涼香はいじめを受けていたらしいのだが…。
 サークルのメンバーで自称名探偵の鳴海 雄一郎は、一足先に流氷館へ乗り込んでいく。そこでは、流氷館の当主にして涼香の祖父である氷室 流侃(ひむろ りゅうかん)によって、推理イベントが開催されようとしていた。イベントには涼香いじめの張本人である中尾 美鈴も招かれており、なにやら不穏な空気が流れていた。
 《あかずの扉》研究会の残りのメンバーは翌日鳴海の後を追い、流氷館へと向かう。鳴海とは途中から連絡が取れなくなっていた。彼らの脳裏に一抹の不安がよぎる。ようやく彼らがたどり着いた流氷館は、しかし、無人の館であり、ふたつの首なし死体が残されていた。鳴海と無事連絡がとれた一行は、ほっと胸を安堵するが、鳴海は自分のいる場所は流氷館だという。どうやら鳴海のいる館と《あかずの扉》研究会の残りメンバーのいる館は作りの全く同じ館であるらしい。流氷館は2つ存在する? まさにドッペルゲンガー宮である。
 そして鳴海は2つの生首を発見する。だが、それは殺戮劇のほんの始まりに過ぎなかった…。

 

 がちがちの本格である。分厚い本だが、厚さは全く気にならない。霧舎巧の文章は読みやすく、ストーリーもわかりやすくてすんなりと頭に入ってくる。登場人物も愛らしいキャラクターばかりで、ラブコメ要素も織り交ぜてくるという素晴らしさ。そして、それすらも事件解決のカギを握っている。事件の全貌はすべて読者に提示される。挑戦状こそないが、推理しようと思えば、読者はいくらでも推理可能だ。だが、きっと真相にはたどり着けないだろう。とても複雑で、難解なパズルのような面白さがある。

 

 推理は2転3転していく。めまぐるしく展開される論理的推理の応酬に、読者はついていくことができるだろうか。僕は読むのに相当頭をひねった。だが、読後のすがすがしさは何とも言えない。重労働後の解放感と似たような、気だるくも、俺やり遂げた! という満足感を伴うあの感じである。気持ちよかったなあ。

 

多くの館ものの名作にひけをとらない新しい名作である(といっても1999年なので、もはや古典といわれるかもしれないが)。

 

前回のは、こちら。