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時計語

きちんとわかる時計遺伝子 (産総研ブックス)

きちんとわかる時計遺伝子 (産総研ブックス)

 

  今日は小説について書くつもりだったが、変更する。どうしてかというと、本日2017年のノーベル医学・生理学賞が発表されたからだ。日本人の受賞ではなかったが、僕はあまりそれにはこだわらない。毎年、日本人が受賞するかどうかについて、活発な予測が行われており、もちろん、受賞したらしたでそれは大変名誉なことだと思う。しかし、僕はそれ以上に、偉大な発見や創作というものを人類全体の宝として次世代に残していく方が大事だと思っている。だから重要なのはむしろ「何が」受賞するか、なのであって、「誰が」受賞するかはその次だ。元来、医学や科学関係の仕事は、師匠・弟子関係が強固なため、実際の功労者である弟子よりも、彼らにsuggestionを与えた師匠に授与されることも多い。

 今年は「時計遺伝子」が受賞した。ヒトを含む多くの高等生物には「概日リズム」があるということが知られている。あまり難しく捉える必要はなくて、昼間は活発だが、夜になると眠くなる。これがおよそ24時間周期で繰り返されるよ、というものだ。日常生活の中で誰しも自分にリズムがあることは経験するところだろう。そして、このリズムは実は「時計遺伝子」と名付けられた遺伝子によって調整されている。今年の受賞者であるホール、ロスバシュ、ヤングの3人はこの「時計遺伝子」を同定した人たちなのである。

 興味のない人にとっては、もはや、「だから何?」レベルの話だが、この発見は結構センセーショナルなのである。「概日リズム」は僕らの行動に影響を与える。しかし、行動とは自由意志の産物なのではなかったろうか。僕らは、自分の意志さえあればどんなことだってできるのではないか。「できない」というのが、「概日リズム」的観点からの結論である。なぜならこのリズムは、ヒトが学習によって手に入れたものではなく、遺伝子によって、その遺伝子の産物であるタンパク質によって化学的に作られるものだからである。誰もこのリズムから逃れることはできない。とすれば、僕らの行動は意志が決めるのではなく、幾分かは遺伝子によって決定されているということになる。

  意志の優位性を謳う人や遺伝子還元主義を嫌う人は、反論するだろう。それは構わない。しかし、実際に遺伝子があることは確かである。それに、遺伝子を特定できたことは人間の生活に恩恵をもたらすことだってある。それは薬である。いまや、睡眠障害を抱える人の数はうなぎのぼりに増加している。あるいは、季節性うつ病というのもある。ちゃんとした診断名がついていなくたって、生活リズムに支障をきたしている人は少なからずいるはずだ。そのような人たちの体内では「時計遺伝子」に異常が起きているとは考えられないだろうか。そしてもし、「時計遺伝子」に異常をきたしているならば、そこをターゲットとする薬を開発すれば、治療することが可能になる。研究はすでに加速度的に進んでいる。

 「時計遺伝子」の詳細については、これからきっと多くの書籍が出ることだろう。すでに多くの書籍もある。それはまたいずれ紹介するとして、なぜ今日この話題を取り上げたかというと、理由は2つある。

 ひとつは、最近「睡眠の科学」という本(近日中に取り上げる)を読んでいて、体内リズムについて、考えている最中のニュースだったということ。
 ふたつめは、僕の上司が「今年のノーベル賞は、時計遺伝子かミラーニューロンがくるぞ」と言っていた矢先の受賞だったこと。

 あまりにもタイムリーすぎて驚いたというただそれだけのことです。しかし、この上司はすごい人で、オートファジーの受賞も当てた人である。実は覆面ノーベル賞選考者なのではないかと僕は疑っている。なんでもアンテナを張っておくというのは大事なことだなあ、と痛感した。特に、自分の専門とする分野の世界的動向を知ることは、得になることはあっても損になることはないし、そもそも損得よりも前に教養の問題だよなあ。