NO推理、NO探偵?-きっと残りページの問題
メフィスト賞の作品はできる限りタイムリーに読むようにしている.受賞作品はどれも新奇な想像力と大胆な野望に満ちていて,文芸界に一石を投じようという心意気が感じられる.そのような作家の(きっとすべての作家の第1作がそうであるように)最も野蛮なエネルギーに溢れているであろう記念すべき第1作を一刻も早く通読したいからだ.
本書はすでにいろんな人々が紹介ブログを書いていて,乗り遅れた感が否めないが,せっかく読んだのだ.僕もすでに百番煎じ目くらいだが,紹介させていただくこととする.
ふざけている.まずこう言っておこう.
間違ってはいけないが,これはいい意味で言っている.本書に対する最大限の賛辞はこの言葉以外にないのではないかと思う.
超絶推理能力をもつ女子高生探偵・アイちゃんはある日,犯人のかけたマジックによりその能力を失ってしまう.ところが助手のユウはその状況に大喜び.推理なんていうしちめんどくさいものは,今やミステリ界でのしあがっていくには何の役にも立たない.ユウはアイちゃんにきっぱりと告げる.
「推理って、別にいらなくない?」
ユウはこの状況こそ最大のチャンス,とばかりにキャラを確立するため,アイちゃんをけしかけて事件解決に奔走していく.
ふざけている.もう一度言っておこう.
しかし,これは並大抵のふざけ方ではない.単にデタラメに書くことなら誰にだってできる.本書はミステリの歴史や論理法則をきちんと踏まえた上で,あえての悪ふざけをやって見せているのである.すべてのミステリ好きに向かって.すべてのミステリ好きを嘲笑し,挑発するかのように.
作品はかなりメタ的である.作品キャラクターの地の文への容赦ないツッコミに慣れない読者は戸惑いを覚えるかもしれない.しかし,この書き方がすでにミスリードなのだ.おっと,これ以上はやめておこう.作者からの挑戦状を解く楽しみを奪ってしまうことになる.
ふざけている.だが,最後はふざけていない.いや,やっぱりふざけているのか.
最後は,すべてのミステリ読みへの挑戦状である.小生意気な新人作家が挑戦などとはけしからん,と思った読者ほど,どうか解いてみてほしい.これを解けたのならば,あなたはきっと天性のミステリ読みだ.だが,手も足も出なかったというのであれば,あなたはまだ本当の意味でミステリを読み解いたことがないのである.この作者は批判精神に相当優れた人物なのではなかろうか.
もう53回目のメフィスト賞だという.森博嗣が受賞したのが,20年以上前!嘘だろ.もうそんな経ってんの? 冷や汗が出てきた.
全部ではないが,僕もメフィスト賞作品を色々と読んできた.すでに書評は数多あるが,僕も思い出に残る作品を今後どんどん紹介していきたい.
メフィスト賞ができて文学界は大きくその地勢図を変えたと僕は思っている.純文学とかミステリとかファンタジーとか,人は自らの性として色々なジャンルを分類したがるけれど,本来そんなものは無用の長物なのだ.あるのは作品だけだろう.つまらない壁などとっぱらってしまえばよい.
ふざけている.何度でも言おう.しかし,本作はとてつもない破壊力をもっている.ミステリ界を激震させる爆弾である.