安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

メフィスト賞の軌跡―その6 積木鏡介

革製の黒い乗馬靴、黒い胴着、黒い頸布、それに黒いカウボーイハット――黒尽くめの男だ。骨張った頬に、冷酷で残忍そうな細い目(どこかで見たような顔だ)。そして腰に巻かれたガンベルト!
(西部劇のカウボーイ、いや、ガンマン?)
唐突に、男の嗄れた濁声が響いた。
「ストーンウォール・ジャクソンは屑だ」
「えっ!?」

 

【あらすじ】
第6回メフィスト賞受賞作。
「私は確信する、空虚を嘆くべきではないと。私は空虚の意味で無なのではなく、創造者的虚無だ。その無から私自身が創造者として一切を創り出すのだ」(シュティルナー著『唯一者とその所有』より)

全ては何の脈絡も無く唐突に始まった。過去の記憶を全て奪われ、見知らぬ部屋で覚醒した私と女。
舞台は絶海の狐島。3人の惨殺死体。生存者は私と女、そして彼女を狙う正体不明の殺人鬼だけ……の筈だったのに。この島では私達が想像もつかない「何か」が起こっていたのだ。
蘇る死者、嘲笑う生首、闊歩する異形の物ども。あらゆる因果関係から排除された世界──それを冷たく照覧する超越者の眼光。
全ては全能の殺人鬼=<創造主>の膿んだ脳細胞から産まれた、歪んだ天地創造の奇跡だった。

 

 奇書である。
 いわゆるメタミステリだな、というのは読んですぐにわかる。なにせ冒頭がいきなり結末から始まるのだから。そこから時間が巻き戻るようにして結→転→承→起の順に物語が進んでいく。当然のことながら、普通のミステリのような推理や事件解決など期待できない。

 

 本作は、ミステリ創作という行為自体を主題としたメタミステリであり、作中人物だけでなく、作者も小説中に姿を垣間見せる。自らが創造した小説のプロットに作者自身が囚われ、どんな手段を用いてもプロットを完遂させるべく作者があの手この手を弄していく。そこに作中人物も介入し、事態は混沌を極めていくという主旨の小説だ。とにかくやりたい放題、書き散らし放題である。

 

 読者を選ぶ小説である。メフィスト賞なので、濃いのは当たり前だとしても、なかでもとびきりの濃さを醸し出す小説となっている。こういう作品をデビュー作として書き上げてしまうのは、作家にとって、その後の重荷にならないのだろうかと思ってしまう。きっと余計なお世話なのだろうが。しかし、第7回座談会で

 

でも、あと書けなくても、この作品がいま目の前にあることだけでいいのではないか。だから、これから続々メフィスト賞は誕生していきます。

 

とのコメントがある。なるほど、こういう担当者の方針があったから、乾くるみ浦賀和宏積木鏡介という作家たちのデビューがあったのだな、と妙に納得した。彼らはもしかしたら一発屋になっていたとしても何らおかしくない作家だったのではないか。だが、書き手が新世代なら読み手だって新世代なのだ。彼らを受け入れるための素地は十分にできていたのだ。彼らはみな一発屋にはならなかった。

 

 メタミステリ、あるいはアンチミステリというのは、ジャンルを明確にするのが難しい。どこからがメタでどこからが非メタなのか、それは結構主観的な区分である。日本には、『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』、『ドグラ・マグラ』、『匣の中の失楽』という世界に誇る四大アンチミステリが存在するが、これらはどれもすべてテイストが異なる(『虚無』と『匣』は近しいが)。もし、『歪んだ創世記』を読んで面白いと感じた読者は、これらも読んでみるとよいだろう。アンチミステリの旅に出かけるというのもなかなかオツなものである。

 

 積木鏡介は、和光大学出身であるが、この和光大学というのが、侮れない大学だ。数々の個性的有名人を輩出する大学で、出身者には、漫画家でいうと、大場つぐみ(『DEATH NOTE』)、岩明均(『寄生獣』)、松本大洋(『ピンポン』)、吉田戦車(『伝染るんです。』)がいて、作家で言うと、虚淵玄(『魔法少女まどか☆マギカ』)、前田司郎(劇団五反田団主宰)、笠井潔(『サマー・アポカリプス』)そして積木鏡介がいる。この他にも有名人多数である。大学のスローガンは「異質力で、輝く。和光大学」というから、そりゃあ個性が育つわけだ。しかも、平凡な個性ではない。

 最近あまり活動していないなと思っていたら、清涼院流水主宰の「The BBB」で、電子書籍を出版している。都市伝説刑事という興味をそそられる書籍だが、僕は未読である。ぜひ読んでみたい。

 [積木鏡介]の都市伝説刑事 事件1: メリーさんのメール (The BBB: Breakthrough Bandwagon Books)

 乾くるみ浦賀和宏積木鏡介は、みんな既存のミステリに対する挑戦ともとれる小説を書きデビューした。強力な個性とミステリ界に一石を投じてやろうという気概が感じられる作品ばかりである。特に、積木の小説は、型破りだ。既存のミステリに飽きたという読者にこそ、おすすめの一冊である。きっと、新しい世界へあなたを誘ってくれることだろう。

 

 最後に、大切な助言を。表紙カバーは決して捨ててはならない。本のすべてが小説世界の一部であるから。

 

乾くるみ浦賀和宏も合わせて読むと、新たな発見があるかもしれません。