安楽椅子のモノローグ

完全なる頭でっかちを目指す

稲川淳二の恐怖がたり―僕の真冬の風物詩

ヤダなー、怖いなー

 

 気がついたら今年も、もう終わりかけで、年々、年の巡るスピードが速くなっていくのを感じる。もうすぐ秋が終わり、冬がやってくる。冬といえば怖い話だ。寒い季節にさらに寒気を増すために、僕は怖い話を探し求める。最近では、年中かき氷を食べられるようになっているという(もしかして昔から?)。怖い話だって、夏だけのものじゃない。真冬に、かき氷を食べながら、怖い話を聞けるようなイベントがあったら、きっと大盛況になるだろう。魑魅魍魎や怨霊たちに季節など関係ない。

 

 平安時代にはそこかしこに化物たちがいたという。なにせ死体が通りに転がっているのだ。路地には、死人の情念が濃い霧のように立ち上っていたに違いない。その気になれば、当時の人々は、いつだって幽霊と遭遇できただろう。何ともうらやましい世界ではないか。 
 しかし、都市はいつしか衛生という概念によって、整備されるようになっていった。今では、森林伐採が、野生動物の棲み処を侵食しているなどと言われているが、それよりはるか以前に、居場所を奪われるという憂き目に遭っていたのは、化物たちなのである。彼らもまた、声を出せない。僕らはいつだって、声なきものらの領土を侵食することによって、生きてきたのである。

 

 だが、しかし、彼らは息絶えたわけではない(というかすでに死んでいるな…こういうときなんて言えばいいんだろう)。彼らは今ではメディアの中に生息している。彼らはキャラとなり、ヒーローとなり、ヒールとなって、日夜活躍しているではないか。こうして彼らにまつわる話は過去から現在、そして未来へと語り継がれていかれるというわけだ。そして、現代には彼らの優れた語り部も存在している。その元祖であり、今でも最先端を走り続ける男がいる。稲川淳二のことをそのように紹介して疑義を唱える者はまずいまい。

 

 僕は、幼少期からずっと稲川の語りを聞き続け、そして読み続けてきた。彼の話は膨大に存在するので、ひょっとすると聞き漏らしているものもあるかもしれないが、大方のものは知っているつもりでいる。特に、小学生のころは、怖い話マニアだったので、彼の出るTVはすべて録画し、彼の著作は新しいものを発見するたびに買い漁った記憶がある。それは大人になった今でも続いているのだが、彼の数ある著作の中で、僕が大好きなシリーズがこれだ。

 

 これらは、稲川の怪談ライブを、活字化し収録したもので、稲川の話の中でも特に有名で、クオリティの高い作品ばかりがそろった逸品である。すべての巻がおもしろくて、怖い。中には、知っている話もあるだろうが、活字にされることでより詳しく、その話のディテールを追うことができるのが、何とも嬉しい。結構今までうろ覚えだった話もあり、「ああ、あれって本当はこんな話だったんだ」という気づきもある。

 

 僕の好きな話をいくつか紹介すると、

 

「先輩のハト」
 先輩の引っ越し先に後輩が遊びに行ったとき、毎晩窓を開けて寝るとハトが部屋に入ってきて、クックックと鳴きながら部屋をうろつきまわるという話を聞かされます。ある日、先輩が実家に帰るということで、留守番を頼まれたその後輩が、夜中に窓を開けたまま部屋で寝ていると確かにハトがやってきて…

 

「207号室の患者」
 「お願いだから部屋を変えて。窓の外に顔がぐちゃぐちゃになった女がいて、覗き込んでくるの」。207号室の患者は何度もナースコールを押して執拗に懇願してきます。看護師がおそるおそる窓の外を確かめてみても誰もいない。2階の窓の外に人がいるわけないのに。でも、その患者は執拗にナースコールをし続けてきます。そして、最後には…

 

「女王のための歩道橋」
 「この歩道橋は安全のためにつくられました」。人気のない場所になぜか唐突に出現する歩道橋がありました。噂では昔、劇の女王役に抜擢された少女が練習中に、車にはねられて死んだということです。そのような不幸を二度と起こさないために建てられた歩道橋。そこに4人の男女が肝試しにやってきて…(都市伝説としても語り継がれている有名なお話です)

 

 などなど、ほかにも「長い遺体」とか「血を吐く仮面」とか、背筋が凍りつくような話はたくさんある。稲川の話はどれもひねりが聞いていて、オチが来たと思いきや、実は別の真相があって、そっちがさらに怖い、みたいな2段オチも多いので、2回ゾッとできるのもお得である。

 

 そしてやはり稲川淳二最恐の話といえば「生き人形」である。Wikipediaにすら単独記事があるほどの超有名な話なので、聞いたことのない方はぜひ一度聞いてみる(あるいは読んでみる)ことをおすすめする。

 

 稲川淳二は人類最高の至宝であると言ってもよい。異界からきたのではないかと思うほどの心霊体験を有し、それらを惜しみなく語ってくれる。僕は科学をこよなく愛しているが、それと同じくらいこよなく心霊を愛している。それは僕の血が、半分は稲川淳二の怖い話で、できているからなのだ。